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国指定: 旧萩藩校明倫館  
執筆者: admin
発行日付: 2006/5/17
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●国指定史跡

きゅう はぎはんこう めいりんかん
旧萩藩校明倫館

指定年月日 昭和4年12月17日
所有者 萩市
所在地 萩市大字江向
指定面積 1,683.66m2

 明倫館は、萩藩5代藩主毛利吉元が享保3年(1718) に、萩城三の丸追廻し筋に創建した。敷地は940坪であった。
 それから130年後の嘉永2年(1849) に、江向の地に敷地15,184坪、建物総坪数11,328坪、練兵場3,020坪の広大な規模の新明倫館が完成して移ったものである。

【水練池】
 水練池は周囲を玄武岩の切石で築いた、東西39.5m、南北15.5m、深さ1.5mの池である。現在、東側と南側に池に降りる石段が設けられているが、古図では東側の中央から騎馬で池に駆け降りやすいように斜面になっている。南側の石段も図面にはなく、池の北と南は山形の土手になっている。これに反して西側には石段があり、後世変更されたものであろう。藩政治代、ここで遊泳術並びに水中騎馬が行われた。藩校の水練池でわが国に現存する唯一のものである。

【有備館】
 有備館は旧明倫館の剣術場と槍術場を移して拡張したものである。木造一重入母屋造り桟瓦葺きで平屋建て、桁行37.8m、梁間10.8mの南北に長い建物である。内部の北半分は板間39畳を剣術場、南半分は土間54畳を槍術場とし、各その西側を藩主の上覧場とし、中間に藩主臨場などの場合に使う控室がある。ここは藩士の練武のほか、他国からの剣槍術の修業者との試合場、すなわり「他国修業者引請剣槍術場」でもあった。
【明倫館碑】
 明倫館碑は2基あり、向かって左側は明倫館創建21年目の元文6年(1741)、6代藩主毛利宗広が創立の由来を伝えるために建てたものである。玄武岩の石碑には2代学頭山県周南撰文、3代学頭津田東陽書による「明倫館記」が刻まれている。右側は嘉永2年(1849)13代藩主毛利敬親が新明倫館の開校を記念して10代学頭山県太華に「重建明倫館記」を撰ばせて建てた。

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