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国指定: 大照院  
執筆者: admin
発行日付: 2006/5/15
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●国指定重要文化財:建造物

だいしょういん
大照院

指定年月日 平成14年5月23日
所有者 宗教法人 大照院
所在地 萩市大字椿
員数 5棟

 大照院は初代藩主毛利秀就の菩提を弔うために明暦2年(1656) に2代藩主綱広によって建てられた臨済宗の寺院でる。延享4年(1747) 火災のため全山の堂宇が焼失したが、6代藩主宗広によって直ちに再建が図られ、寛延3年(1750) に復興したのが現在の伽藍である。

【本堂】
 本堂は方丈風の仏堂で規模が大きく、桁行 25.2m、梁間 18.0mの一重入母屋造り、屋根は綴屋根、桟瓦葺きである。
 主室は前後に2列に並列した6室からなり、正面と左右の3面に広縁を、そして4面に狭屋間として落縁を取り込むなど方丈形式の典型的な近世禅宗本堂建築である。建築年代の確実な遺構で、規模が大きく意匠の整った建物として貴重である。

本堂
【庫裏】
 建物は桁行 18.3m、梁間 18.3mの広大なものである。屋根は切妻造り本瓦葺き妻入りで南西面に庇がついている。
 江戸時代初期から中期に移るころの建築で、絵模様彫刻によく時代の様相が現れている。庫裡としては県内随一の規模をもち、藩主の菩提寺にふさわしい風格を備えている。
庫裏
【書院】
 書院は本堂と庫裡をつなぐ西後方に位置し、南側に3室、北側に3室を並べた主棟と、西突出部の座敷および茶室など4室2列を並べた北突出部からなっている。
 主棟は桁行 11.8m、梁間 9.8mで、屋根は主棟東側と北突出部北側が入母屋造り、主棟と西落棟の西側は寄棟造り、桟瓦葺きである。西側突出部は桁行 7.9m、梁間 5.9m、北突出部は桁行 13.5m、梁間 7.0mである。
 主棟東側の入一間は畳廊下で、北は庫裡の広縁、南は本堂への渡廊下が接続し、主棟南側と西突出部にかけて3室が並んでいる。
 建築年代は18世紀後半と思われるが、簡素ななかに品格のある造作がみられる傑作である。
書院
【鐘楼門】
 この鐘楼門は山門と鐘楼を兼ねたもので、桁行 7.05m、梁間 4.09mの三間一戸の二重門である。屋根は入母屋造り桟瓦葺きで、初層の屋根中央に唐破風をつけている。左右両脇には2階に上る階段がついている。内部の床面は四半敷瓦の方式で礎石・礎盤は石製である。柱は総円柱で上下に粽をつけ、柱頭の頭貫および台輪は操形つきである。
 2階は正面と後ろ側の中央に唐戸を有し、両脇には火燈窓、横左右には連子窓を開いている。内部には寛延2年(1749) の銘のある萩藩名工、鋳物師郡司四郎左衛門信房鋳造の名鐘が吊ってある。
鐘楼門
【経蔵】
 この経蔵は総塗込の土蔵造りで桁行 6.4m、梁間 6.4m、屋根は宝形造り桟瓦葺きである。正面入口の上は切妻破風で、向かって左側には火燈窓、右側と後方にはおのおの桁行 4m、梁間 3.2mの脇室が外側に張り出して造られている。屋根はいずれも寄棟造り桟瓦葺きで、両脇に1か所ずつの格子窓が開いている。
 内部は四半敷瓦の方式を用い、中央に八角の輪蔵を備えている。以前は大般若経全部と大蔵経が収納してあったが、現在は本堂に移されている。
 創建当時の経蔵は延享4年(1747) 2月の火災で焼失したが、7代藩主重就は住職春林西堂などと力を尽くして宝暦5年(1755) に現在の経蔵を再建した。
経蔵

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