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奥阿武宰判勘場跡


●県指定史跡

おくあぶさいばんかんばあと
奥阿武宰判勘場跡

指定年月日 平成15年4月4日
所有者 萩市
所在地

萩市大字吉部上

指定面積

1,755m2


奥阿武宰判勘場跡
 奥阿武宰判勘場は、江戸時代の幕藩体制下に置ける萩藩の郷村支配行政組織の一つとして創設されたもので、吉部・高佐・片俣(現萩市むつみ)、鈴野川・弥富・須佐(現 萩市須佐)、小川・田万・江崎(現 萩市田万川)、惣郷・宇田・木与・宇生賀・福賀(現 阿武町)、蔵目喜・生雲・地福・嘉年・徳佐(現阿東町)の村々を管轄地域としていた。
 勘場には、代官のもとに宰判内の名望のある者の中から任命される大庄屋とその下に恵米方・算用師その他の役があり、それぞれ民間から選ばれて、民政や年貢をはじめとする税、治安及び産業の振興などの執務を勘場役人として行っていた。
 むつみ地域の中心にそびえる権現山(標高472m)南麓に東―西58〜64m、北―南20〜22mのほぼ長方形に造成された勘場の敷地は、面積約1,300m2(約390坪)に及ぶ。その南面(前面)には、精巧に組み上げられた高さ5mを越える石垣が残り、井戸や貯水池がみられる。
 勘場跡は、幕藩体制時代の政治・経済・文化等を解明していく上で、大変貴重な歴史遺産である。

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日付:  2010/3/27
カテゴリ: 県指定
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