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大薀寺梵鐘


●市指定有形文化財

だいおんじぼんしょう
大蘊寺梵鐘

指定年月日 昭和47年4月27日
所有者 宗教法人 大蘊寺
所在地 萩市大字須佐
員数 1口

大蘊寺梵鐘 金瀧山大蘊寺は、永享年間(1429〜1440)に弥富村に創建され、弥高山興禅寺と号したが、天正19年(1591)深川(現 長門市)の大寧寺15代関翁和尚を招き興禅山妙悟寺と改めた。慶長8年(1603)二世傑叟和尚のとき火災により鐘楼のみを残して焼失し、弥富での再興を志したが、領主益田元祥の意に沿い弥富から須佐に移り、益田家開祖以来の菩提所となった。益田元祥の父藤兼の法名をもって大蘊寺と号し、山号を金瀧山と改めている。
梵鐘は、永享7年(1435)の鋳造で、総高110.6cmと室町期の鐘としては中型である。鐘身80.7cm、笠形の高さ5.9cm、同厚さ5.3cm、口径62.2cm、口辺の厚さ9.0cm、乳廓4か所、廓内4段4列64個の乳を有している。撞座の径は10.0cmで蓮華文であるが、外周に花芯をめぐらす中房のみで、その外側に花弁を欠いている。池の間1区から4区にかけて陰刻の銘文があるが、興禅寺の廃壊により、土に埋もれたものを掘り出し、須佐へ曳き運んだものと伝えられており、有為転変がうかがわれる。

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日付:  2010/3/27
カテゴリ: 市指定
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