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萩城の歴史 > 4. 萩城下町 | ||||||||||
現在の萩市をたずねると先ず外堀より外の三角州に広がる城下町があらわれる。
松本川添いには武家屋敷跡である【旧湯川家屋敷】【小川家長屋門】、河口近くには【旧萩藩御船倉】が残っている。 街中に入ると町屋が残っている。代表的な物として旧御成道に面する【菊屋家住宅】・【旧久保田家住宅】がある。又、その付近には【菊屋横丁】・【伊勢屋横丁】・【江戸家横丁】があり、中級武士の屋敷跡・土蔵・商家が残っており当時の風情が感じられる。 |
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その旧御成道を進むと外堀跡が現れ、これより内側は『三の丸(堀内)』である。
当時三の丸には【中乃総門(石碑)】【北の総門(2004年11月に復元)】【南の総門(平安橋)】の三つの総門があった。 |
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堀内には身分の高い武士が住んでおり【旧益田家長屋】【旧周布家長屋門】【問田益田氏旧宅土塀】【旧福原家萩屋敷門】【旧毛利家別邸表門】【旧児玉家長屋】【口羽家住宅】其の傍に【鍵曲】と呼ばれる迷路状にした道も現存する。また、毛利輝元の没後その隠居跡に菩提寺として【天樹院】が建てられ、廃寺後は唐門と輝元夫妻の墓が残っている。
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堀内の疎水運河(中堀)にかかる指月橋を渡ると『二の丸』となり、右手に石垣が見えてくる。これが【二の丸南門の跡】であり、【旧厚狭毛利家萩屋敷長屋】がある。
やがて内堀が現れ内堀の内側地域は『本丸』となる。内堀を渡ると【本丸門跡】があり、そこから【天守閣跡】の扇の勾配と呼ばれる石垣が見える。 当時の美しい五重五階の大型望楼型天守閣が甦ってくるような圧巻を想像させられる。 本丸内にある指月山を登り山頂を目指すと、石垣に囲まれた【詰丸跡】があります。 |
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